誤解されている天才性

こんな経験ないでしょうか?

世の中個性が大切だ

光る才能を伸ばしていこう

突起した力を伸ばして勝ち組に

 

 

言っていることは正しいですし、それができれば素晴らしいことだと思います。

しかしそれを言われ続けると「ねばならない」と思い込み、人は無理に個性を作ろうとします。

ビジネススキルを構築しようと何十万も払い、いろいろなセミナーに参加してそこから得たものを活かそうとします。

そこまではとても行動力があって素晴らしいと思います。

 

 

 

 

しかし

 

そこから行動へと移すかどうか

その時は「セミナーきてよかった!がんばるぞ〜!」と思うんですが

現場へ戻るといつも通り「行動しない自分」のまま過ごしてしまいます。

職場の中で誰よりもスキルのあるものを手に入れようとすることはすばらしいですが、活かせるかどうかはまた違う話です。

 

そもそも本当にそれを必要として習いにきているならいいのですが、そうでない人が習いにきても根本的に必要としていない人が得られるスキルはさほどないです。

 

人にはそれぞれの天才性があります。

個として天才性を発揮する人

集団として天才性を発揮する人

 

個として天才性を発揮する人は既に職場でその一片を発揮しています。

もしくは群れずに仕事をすることを臨んでいるため、周りと距離を置いていることもあります。

 

逆に集団として天才性を発揮する人は

コミュニティを作ったり、入り込むことが好き得意です。

その中でうまくお互いの能力を活かしていったり、相手をサポートしたり、影で動いたりと目立たない天才性を発揮しています。

 

この目立たない天才性を発揮している人たちは、

「自分には個性がない」

「あいつみたいに能力がないので」

などと思い込んでしまい、その才能に気づいていません。

 

例えばこれを音楽で表すとします。

個人天才がシンガーだとしたら、

集団天才はオーケストラです。

 

 

 

シンガーは個としての才能を発揮します。

個はその存在そのものに威厳をもったり、カリスマとして周りを魅了する力があります。

 

 

 

 

かわって、オーケストラは個でいるときにはあまりその力を発揮できていません。

それぞれのパートがあるためただそのパートを演奏していても相手にすごさは伝わりません。

しかし、全パートの楽器がそろったらどうでしょう。

全体の統制感やハーモニーが聞き手を魅了し感動させることができます。

 

このようにそれぞれにはそれぞれの天才性を発揮する場があるのです。

天才=強い個性

という考え方はある意味幻想でしかありません。

天才とは個性ではなく

活かせるときに活かせるものをもった人です。

集団を活かせる能力

集団に溶け込む能力

集団をささえる能力

これも天才性の一つです