<ビジネスパーソン・インタビュー> 豊永 純子さん

今回様々な分野で活躍しているビジネスパーソンにインタビューを決行しました。
第一回のビジネスパーソン・インタビューは豊永 純子 (junko toyonaga)さん
1時間たっぷりインタビューさせていただきました。
独立したきっかけや、仕事の想いを聞かせていただきました。

 

Q.現在の仕事は何をやっているんですか?

看護師の仕事をしながら、看護協会や看護大学などでガンの患者さんや認知症への化粧療法やコミュニケーションの講義をしたりしています。あとは、元々メイクセラピー検定の特級を取っているのでそちらの協会の委員になっています。なのでそちらの検定受講生の審査員などもしています。

もともとヘアメイクの勉強をしていて、そこから心理学やカウンセリングなどを勉強したり、そこから派生的にコミュニケーションとか臨床管理とか気持ちの整え方とかストレスマネジメントなど学んでいたので講師として伝えていってきたんです。

最初は看護師の仕事をしながらヘアメイクを一年間勉強していました。

 

 

Q.なぜヘアメイクをやろうと思ったんですか?

もともと自分がメイクをやる人ではなかったんですが、メイクに目覚めて大好きなメイクアーティストがいてその人のところに通うようになったのがきっかけでした。その方がおばあさんの介護をやらなくてはいけなくなって、その時この人がいなくなったらどうなっちゃうんだろうって思ったし、自分自身にコンプレックスを持っていたのでお化粧することで変われたとか、自分の顔がすごくきらいだったんだけど、メイクに出会ってそれを思わなくなったので、お化粧を通して誰かの勇気になったりとか、生きていく自信につながったらとか、そういうのが私にできたらいいなと思ってヘアメイクを学ぼうと思いました。

 

 

Q自分にコンプレックスがって克服できたとおっしゃってましたが、その辺をもう少し教えていただいてもいいですか?

コンプレックスの部分では外見的なところもあったし、友達を作るのも苦手だったし、1対1だと人と話すのは得意なんだけど、大勢の中に入っていって交流するとかそういうのがすごい苦手だったので、いじめられた経験もあり、嫌な思いをするんじゃないかという恐怖心から積極的に無理して人の輪の中に入って自分をアピールしたりしたくなくて。仲が良くなった人には親密でつきあっていけるんだけど不特定多数の人に自分を知ってもらうとかアピールするのが苦手で、それが外見的なコンプレックスもあって。昔は、小学生のころだから冗談交じりで言ってたのもあっただろうけど、自分の中ではネガティブなものとして捉えられてきているんで、人ってそういう風に自分を見てるんだと。写真に写るときに笑うということに抵抗があって、子供のころの写真は全然笑っていなかったんですよね。笑い方がわからなかったんですよね。今はメイクを学んだこともあるし、外見的なものってそこまで重要じゃないという意識ができてきたこともあるし、学んだことによって人は人、自分は自分と切り離して考える事ができるようになったので克服できました。学んだことを人に伝えるようになって、伝えているものを聴いてくれる人が、自分を先生と言ってくれて、その学んだことに対しての感謝の気持ちとか、現場で実践してくれてる話しとかいろんなことを聴くと、大切な事って今まで自分がこだわっていたことではないなっていうのを感じることができたので、今は全然平気です。
写真を撮るというときに笑い方がわからないというのはないですね。

 

 

Q.そもそも看護師をやろうと思ったきっかけはなんですか?

小学校4年の時までさかのぼるんですが、その時にはじめて世の中に「中絶」というのがあるんだと知ったのがその時なんです。病気でもなくて、死産というおなかの中で心臓が止まってしまったわけでもないのに、おなかの中にできた子を、言葉は悪いですが「殺していい時期」と「殺していい法律」があるんだということをその時はじめて知ったんです。それが子供ながらにすごいショックだったんですよね。普通命ってできたものが生まれて当然。この世の中に出て来るまでに殺される命があるんだって、知ったときにそういう命を守りたいって思ったんです。そして私は看護師になるって決めたんです。
たまたま親戚のおばさんが看護師をしていたりとか、今はないんですが祖母が病院の付添婦(患者の身の回りの世話をする人)というのをやっていたので、そこに会いに行ったりなどしていたので病院にいることが日常的だったんです。患者さんが亡くなることも祖母を通して経験していたし、人をケアする仕事として看護師っているのがあるんだっていうのを自然と知っていたので、だから自然とそういう場所を選んだというのもあるかもしれませんね。

 

 

Q.看護師を選ぶことで自分の変化や気づきはありましたか?

これって天職だなと思ったことがあります。なるべくしてなったし、「看護」っていう考え方ををベースにした物事の考え方って自分にすごくあってる、私にあった思考だなと長年働いてきておもいました。とはいえ、部下指導というところではつまずいた経験もあります。でも、年数がたって過去一緒に働いていた後輩には厳しいことも言ってきたけれど、時々相談にきたりとか頼ってくれることもあって、それはなんだろう?って考えたら、自分の責任感の強さがあったからかなのかな?と思います。
連絡取ったりする後輩は親しみをもって連絡してくれたりしますね。結構厳しい方だったので、すごく叱ることも多かったし、苦しいことを要求することもあったけど、それでも「とよさん、とよさん」と慕ってくれるのを見ると、人として離れていくようなコミュニケーションは取ってなかったんだなと思いました。かつての上司に連絡しても応援してくれるし、覚えてないだろうと思っても「あなたのことは忘れるわけないじゃない」と言ってくれたりして、そんな風に印象として残っていける存在としてちゃんと働けていたのかなとというのは大きいのかなと思います。

 

 

Q.どんな関わり方ができたからこそそんな関係を今も持てているんですか?

当時はまだ今に比べれば未熟だったけれど、物事とか病院自体をただ批判するんじゃなくて、どうすればよくなるかを一生懸命考えてたからなのかなと。それが上司に対して不満を持っていたこともあるし、今は「あなたも丸くなったわね」と言われるくらいトゲトゲはしてましたね。だけど、一生懸命だったり、職場でマニュアル作ったり、研修やったりとかもしてそのときそのときできることを一生懸命向きあってやってきた姿勢をみてくださっていたのかなと思います。

 

 

Q.特に印象にのこっている関わりはありますか?

ヘアメイクの勉強をしようと思った時に、必ず決まった休みを取らなければならなくて。その資格を取ることはイコールその職場を辞めることを前提に学びにいくつもりでした。あきらめたくなかったので、当時の上司に正直に自分の想いを伝えました。上司は快く学校に行かせてくれて、辞めることも黙っておいてくれました。そんな中でも自分の責任は全うしてきました。どんな緊急な手術でも穴を空けなかったし、やりきっていきました。
それが、何かを言い訳にしておろそかにする人じゃないっていうのが、新しいことをやったことで伝わったのが大きかったのかなと。そういう姿勢が婦長さんに伝わって、さらにその上に伝わったり、私の研究論文をみてくれていた上司に伝わったりとかして、言い関係ができてきたのかなと。

 

 

 

Q.これは大変だったなというのはありますか?

大変だったのは人間関係だったなと思います。新人で初めて入った頃は、その他の人たちは、皆自分の出身校の付属病院なので仲間で入ってきていました。私はひとりぽつんとそこに入ったので仲間がまずいなかったことと、配属部署に新人がまるっきり入らなかったのでさみしかったんですよね。同僚がいない中、先輩やドクターにこてんぱんに言われて、とても辛かったですね。相談する相手がいないので特にそれが辛かったです。
はじめて盲腸の手術に入ったときに主任に「アンタがいることでこの手術邪魔してんのよ」とか言われたり、他の緊急手術の時も同じようなことをいろいろ言われたりしたり、日々過酷な職場で働いていました。でも私は「こんちくしょう、今にみとけ」って思いでくらいつていました。
どんなときも「絶対次は文句を言わせないぞ」と思い、言われる隙が自分にあるなら言われない自分になればいいって思って、がむしゃらにがんばりました。そのおかげで、病院は変わってもぼろくそにいってくる人はいなくなりました。自分も正当に言い返せるようになったし、そういうのが怖いって思わないですね。唯一言い返せなかったのが天皇陛下の手術をした天野先生ぐらいですね 笑。

こうしてやってこれたのは、高知から出て、親からお金を出してもらっていたこともあり、なにかの形にしなきゃと思っていたし、人としての倫理観が私を突き進めたんじゃないかと思います。目の前の人に今提供できることをきちんと安全に提供できる職場でそれを果たさなければいけない責任感は自分の中では大きなものじゃないかと思います。それがあったからこそ働き続けられたし、乗り越えてこれたんじゃないかと思います。

 

 

Q.この仕事をやっていてよかったことは?

大変な手術になればなるほど、チームで成し遂げた感が半端ないところですね。1分1秒争うときって、その場は殺気だっています。だけど、そうなればなるほど、俯瞰してみている自分がいるんですよね。そして、手術を乗り切って、全身脱力…気力も出し切ってしまうんですが、患者さんが命助かって手術室から出てきて、のちのち退院する話しを聞いたりすると、それって一人じゃ成し遂げられなかったことで皆でひとりの命を助けることができるチーム感がよかったなと。患者さんは麻酔がかかっているから誰かの記憶に残るものじゃないけれど、成し遂げられたという実感が湧いた時は何にも代えがたい気持ちで一杯ですね。
特に印象に残っているのは緊急手術を2つ同時にやらないといけなくなった時ですね。スタッフが足りなくて、でも他から呼ぶ時間もない状態で、こっちの手術を診ながらそっちの準備をして、麻酔科もいなかったので先生に麻酔をお願いして、並列で全て行いました。
フロー状態で大変だった手術も辛いと思わなかったんですよね。俯瞰で全体をみていた感じで。フロー状態だからこそ俯瞰できていて、やるべきことが頭の中にブワーっと出てきてて、今は何をやる時間なのか、何を観察すればいい、何を準備しておけば良いっていうのが頭のなかでばーーっと出てきてる。それをちゃくちゃくと遂行しつつ、安全を守るために患者さんを常に観察しながら、患者さんの安全を守ることが絶対なのでそこを徹底させることだけを考えました。
感覚としては別の自分が指示を出して、それを遂行している感じでした。全てわたしの中でおこっていることなんですが、もうひとりの自分が言ってる感覚で、フリーで統括してる感じというか。
普段の仕事ではここまでフロー状態になれたことはないかもしれません。手術室や救急のアドレナリンの出方って普通と違うんですよね。

でも、講演とかしていて俯瞰して上から指示が出せる自分っていうのは、ステージ上にいる時に、いてもいいなーって思います。少なからず緊張はするので、今日はどんな人いるのかなとか観察している状況で、どういう言葉をチョイスしたらこの人たちに響くかなと考えたときに、俯瞰してしゃべってる自分と聞いてくれている受講生の方達を客観的に外で見える自分がもうひとりいて、あそこの反応はこんな感じ、ここの反応はこんな感じって思いながら、次はこうしようと出せていけると講演のクォリティがあがるんじゃないかな?と思います。

それができたら、受講生が「先生の話を聞いて、それやってみたいと思います」とか、その人にとって実践してみたい相手が想像できてるような状態までもっていけるなと思います。例えばガンの患者さんを相手にしていて悩んでいる看護師さんがいるとして、私が教えているコミュニケーションの伝え方などを学んで、こういう伝え方があるんだよーとか教えて上げたことで、「じゃあそれ、患者さんが外来にいらしたときにやってみます!」とか言ってくれてたら、アドバイスもできるだろうし、その人自身も自信につながるかと思うんですよね。そして、それを実践してくれる看護師に出会えた、患者さんも気持ちが救われるんじゃないかと思うんです。
目の前の看護師さんを助けるだけじゃなくて、学んでくれた人が現場に戻ることでその人の看護を受けてくれる患者さんも間接的に助けることができる実感が湧くと思います。

今までは自分が学んだことを自分が現場で実践していました。しかし、私の目の前の患者さんは助けられるんですが、自分の病院以外や自分が関わらない患者さんは私の力が発揮できなくて、一握りの人しか自分の力を発揮できてないと思っていました。講演とかネットや様々な形で発信することで、私が直接出向かなくても学べる看護師さんがいたり、その看護師さんが日々20人の患者さんと関わっているとしたら20人の患者さんが救われる。そういう看護師さんが5人いたら100人の患者さんが救われる…。そう考えたらすごい数の方が救われることになります。それをするのが私の使命なんじゃないかと思います。

最終的にはガンの患者さんをサポートする仕事がなくなるくらいになっていることが理想です。誰かの手助けが必要でなくても、システムとしてきちんとできているようになってる世の中になっている。私が講演しなくても、ガンになっても仕事をやめなくてよくて、「こんな風にガンの人にサポートしてけばいいんだよね」っていうのが当たり前に誰もが知っていて会社で自前でできますという未来が理想ですね。

 

Q.そんな未来になったら次はどんなチャレンジしたいんですか?

同時にやっていきたいことではあるんですが、医療や介護現場で働いている人が疲弊しないしないようにサポートしたいですね。今現場は昔と比べて背負わせられている責任はとても大きくて、個人訴訟を起こされるほどになっています。看護師各々が保険に入らないといけない状態です。だから、皆がんばっているけど疲れたり、がんばりたいけどがんばりきれなくなって現場を離れたり…。
そういうのをなんとかしようといろんな思いをもっている人はたくさんいて、ばらばらで動いている。ばらばらじゃなくて、そういう人たちが一つになって皆で動いて行ければいいと思っています。それは看護師になった人たちだけでなく、看護師を目指す人たちにも伝えていきたいんです。
看護師になって、疲れたときに「じゃあコミュニケーションを学ぼう」っていうんじゃなくって、そういう世界に入っているからこそ対処法を学んで社会に出て行こうよと伝えたいんです。学校で教えていけばもっと違うと思うんです。バーンアウトしてしまうケースや辛くて自殺してしまうケースを減らすために、理想ばかり教えるのではくて、実際には辛くて大変なことも多いので、そういったときにどうのりきればいいのかというのをまだ免疫のないころからちょっとずつでも教えて上げることによって、鬱病になる人などを減らしていける活動を全国の学校で医療を目指す人たちに伝えて行けるような未来になっていくといいなと思っています。

 

 

Q.逆にこんな未来にはしたくないなというのはありますか?

今考えているガンのサポートなどがなにもできなくて思い描くだけで何もできなかったなという未来ですね。今後AIもどんどん普及していって、医療現場に入ってくると思いますが、その時に「看護師さんよりロボットのほうがいいよね」と患者さん達が口々に言ってる未来は私にとっては最悪の未来ですね。この現場に人間がいる意味を伝えきれなかった自分に悔しさが残ります。だからこそ、ガンの患者さんのサポートもそうですが、まだひとりでやっているので本当にやりたい病院ではできないような、退院後の精神面のサポートというのも協力者をみつけて大きくしていきたいと思います。私一人だとできないところもあるので一緒にやってくれる仲間がいてくれて、全国にそういう人がいてくれたらと思います。そして全国の患者さんがそのサービスをいつでも受けられるような世の中にできたらと思います。そのためにも自分が実績を残していきたいです。よりそのサービスを知ってもらうためにもメディアに出て行きたいですね。
発信しないと届かないし、それに共感してくれる声も聞けないですしね。

 

 

Q.今の働き方は自分にとってベストですか?

ベストとはまだ言えないですね。学びのためもあるけど、生活のことも含めて看護師っていう職業も残しながら自分のやりたい仕事をやっているので、看護師の仕事のウエイトが大きいのもあり、講演やガン患者さんのサポートに専従できているわけではないので、そこは100%の状態ではないですね。今の気持ちは看護師として現場に立つことは終わりにして、全国のガン患者さんのサポートをしながら話しを聞いたり、自分が育てたい医療従事者、特に看護師にストレスマネジメントやりコミュニケーションなどの研修に出向いていたり。自主開催でそういったことを学びたいと思っている医療従事者の方にセミナーなどを開催していったり、これないけれども興味があるっていう人に向けてメルマガなどでヒントを投げかけたりなど、1日の時間を使っている自分が理想的な働き方をしている自分かなと思います。
それができれば、出会ってる人たちも変わってきてると思うし、自信をもって話していると思います。現在、がんの患者さんが離職してる方が35%弱いて、自営業でも17%ぐらいの方が廃業、年間ガンになった父親をもつ子供が8万人以上います。経済的不安もありますし、子供達のサポートやガンになった方だけでなく、家族にもサポートが必要です。私の中でこうサポートすればという図式が頭の中にあるんですが、それがあっという間にひろがればと思います。東京の人だけがその恩恵を受けられるのではなくて全国の人がその恩恵を受けられるようにと思います。

 

 

Q.最後に自分の働き方に悩んでいる方に一言メッセージをください

自分がやりたいことや成し遂げたいことって、たとえば大きさじゃなくて、思ったにはきっかけがあるはずです。だからその「きっかけ」を大切に育ててあげてほしいです。こんなの無理とか、役にたたないよねとか、私だけが思っていることかもとか、私も思っていた時もあります。でも、時代が進めばニーズがやってくることってたくさんあって、ガンの患者さんに対するヘアメイクもそうなんですが、私が学び始めて患者さんや高齢者の方にお化粧をしたいといいはじめた2008年ごろはほとんど見向きもされず、ボランティアだったらいいですよぐらいしかありませんでした。細々10年続けていってやっとここ数年、特に去年は看護協会や大きな職能団体からも研修の依頼がきたり、来年は看護師が集まる学会で化粧を通じて現場に活力を与える講演をしてほしいという依頼がありました。反応のなかった10年前に私があきらめていたら、この講演ってきっと誰かのものになってたんだよなって思うんです。でも、あきらめずにやり続けたから、その場に立てる自分がいるので、心に思ったきっかけはちゃんとあたためて、届ける。やり続けると見つけてくれる人がいたり、素晴らしいことだと言ってくれる人がいたりするので大切にしてほしいと思います。

 



豊永 純子
(junko toyonaga)さん
看護師・化粧ケア専門士・医療スタッフ育成講師

看護業界で様々な活躍をされている中、今は地元の高知にUターンでコーチングビジネスにチャレンジしようと奮闘中です。
ぜひ、今後の活躍を応援してください。

企業サイト:株式会社 サノティス < http://sunotice.co.jp/
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